「スタートレックと僕  そのに」

大学の頃からひたすら演劇にのめり込んでいた生活も10年が過ぎようかという頃、縁あって某声優さんから声をかけていただきました。 正直、舞台俳優は食えない。特に新劇といわれるところはまず舞台だけで生活はできません。
というわけで、誘っていただいたのをこれ幸いと、声優さんの生活が始まりました。
それまでいろんなバイトをやってきましたが、なにはともあれ俳優の仕事でお金がもらえる。 なんとありがたい事よ。そう思って始めたこの仕事のおもしろいことおもしろいこと。
あっという間にのめり込んで、10年間舞台お休みしちゃったのは、また別の話。

声優として何とか仕事できるようになった頃、どうやらあの「スタートレック88」が、『新スタートレック』というタイトルで、日本語版を制作中であるらしいという情報をつかみました。そのころ東京では地上波で放送してなかったし、ス○パーに加入するなんて考えたことすらなかったので、観たこともありませんでした。 そうとわかったら、そりゃ出たいに決まっています。が、このお仕事は役者がいくら望んでも、呼んでもらえなければ出演できません。 何とか一度でいいからと思っていたら、ついにお呼びがかかりました。

あのスタートレックに、なんとこの自分が声を入れる。そう考えただけで舞い上がってしまいました。前の日はいっこうに眠れず、だんだん朝が近づいてきます。早く眠らなきゃ仕事に差し支える。焦る。焦るともっと眠れない。そうこうする内にやっとウトウトしたのは明け方だったかしら。いったん寝るとぐっすりすやすや。気がついたら、収録のスタートの時間がすぐそこに・・・・・・・。そうです、なんと遅刻してしまったのです。それも寝坊で。もう最悪です。声優として、あのスタートレックとの初めての幸せな出会いのはずが、一番まずい出会い方をしてしまったのです。もうディレクターさんにも疎まれて、二度と呼んでもらえないかも。一声優として大変不利になったのはもちろんのこと、スタートレックに二度と出演できなくなるかも。そのことが自分でショックで情けなくて、かなりへこんでしまいました。

ところがありがたいことに、嫌われることなくむしろ気に入ってもらえて、大きい役ではないけれど何度か呼んでもらいました。そうこうするうちに、新スタートレックも無事終了。アー終わっちゃったなと思ったそのあと、どこからともなくビッグニュースが。そう、スタトレの新しいシリーズが始まるというのです。アメリカでは、『新スタートレック』の終盤と平行して放送されたものだそうな。またよんでもらえたらいいなと思っていたそんなある日、いつものごとく事務所に電話して、新しい仕事の決定を聞いていました。その私の耳に飛び込んできた一言。『スタートレック ディープスペース9』に、なななんと番レギとして参加できることになったというのです。ゲストでよんでもらえたら御の字と思っていたのに、なんと番レギ。こんなありがたいことはない。またまた舞い上がってしまいました。番レギとは番組レギュラーの略で、特定の役があるわけではないけれど、番組そのもののレギュラーとして毎回何かの役を演ずる人のことです。 少しわかりにくいかもしれませんね。 TV番組は、たいていレギュラーとその回のゲスト主役、そしてそれ以外の役の人たちが出演しています。このそれ以外の役だって毎回誰かを呼ばなければならないわけですが、ここを通常のレギュラーの役の人以外の、番組をよくわかっている人がやると制作上滞りが少ない。 番組のことがよくわかっている、すなわち毎回出演している人。番組のレギュラー。番レギ。 おわかりかな?
というわけで、いよいよスタートレックの新シリーズに立ち上げから参加することになりました。毎週毎週いろんな宇宙人や地球人を演じることができるし、またファンとしては、新作のスタートレックを毎週観ることができるのですから、こんなすばらしいことはありません。

そして、その中で出会ったのが“ガラック”でした。はじめから何か曰くありげななぞめいた人物ではありましたが、まさか後にあんなに大きな役になるとは思いもしませんでした。 番レギは、ディレクターさんが交代することになった時点(第2シーズンの途中)で終わりになってしまいましたが、僕にはもっとも愛すべきキャラクター“ガラック”が残りました。 一月にいっぺんくらいの出演ペースではありましたが、その饒舌なこと。全編しゃべりっぱなしのことも多い人でした。ですから、声をアテる身にすればとても大変な役なのですが、ガラック役のアンドリュー・ロビンソンという役者さんがとても芝居の上手な方で、その彼にチャレンジするような気持ちで演ずるのがとても楽しかった。もちろん錯覚ですが、まるで自分がとてもうまくなったようにも感じられたし、実際のところとてもいい勉強をさせてもらえたと思います。吹き替えって不思議なもので、向こうのお芝居にちょうどフィットしてるかなというつもりでいるとたいてい負けているものです。スクリーンの向こうの役者に負けてたまるか、それ以上の芝居をしてやるぐらいの気持ちで演じて、やっとちょうどいい具合のお芝居になります。もちろん芝居の「質」の話ですよ。声を大きくするとか、力を入れるとかではなくね。

『スタートレック ディープスペース9』は、放浪の番組でした。本来スタートレックは、宇宙船で宇宙を旅するお話ですが、『DS9』は宇宙ステーションが舞台で、基本的には動きません。なのに、その日本語版制作は、ディレクターが何人も変わるし、収録スタジオも何カ所も変わっていったのです。
そしてついには制作会社が変わることになるのですが、次回はそのお話しを。


つづく





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